北野勇作の甲羅

北野勇作の近況、イベント、その他です。

「よみラジの時間」イベントでの暗闇【ほぼ百字小説】朗読

 5月30日に、暗闇朗読を行いました。

 ネタは【ほぼ百字小説】から。持ち時間は20分から25分。

 いろんな人が出るお祭りイベントだったので、「アホ多め」をテーマにしてセレクトしました。

 25個選んで、時間調整のため読みながら4個カットしました。

 まあ普通の朗読だとだいたいの時間は読めるのですが、ほぼ百字の場合はほとんど全部の隙間で、相方の田中啓文に即興でサックスを吹いてもらうので時間が読めないのです。持ち時間を守るため、途中で時計を見ながらやってました。

 いつものことですが、田中啓文にはあらかじめ全部ざっと読んでもらって、あとはいくつか決めるだけでぶっつけ本番でやってます。

 今回の決めごとは、

*最初の三つは続けて読む、その間は吹かない。

*(319)はループさせてずっと読み続けるので、何回かループしたところで読んでいるその声をサックスの音で掻き消して欲しい。

*(319)が終わったら、あと二つ読んでおしまい。最後に読むのは(962)。

 いちおうの決め事はこの三点だけで、あとはもうその場のノリで。

というわけで、以下は当日のセットリスト(というか、全文です)。

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【ほぼ百字小説】(2)
 二階の物干しのすぐ前に裏の家との境のブロック塀があって、猫の通路になっている。とつとつと肉球を鳴らし、猫一匹分の幅の塀の上を猫が次々に歩いていく。夕方、交通量が増えると、後足で立って横歩きですれ違う。

 

【ほぼ百字小説】(11)
 缶詰工場だ。缶詰を作る工場ではなく缶に詰められた工場。缶で送られ、目的地で缶から出されて稼働する。工員も缶詰になる。仕事がら自分で自分を詰めることはできるが、蓋だけは外の誰かにしてもらわねばならない。

 

【ほぼ百字小説】(13)
 納戸の奥には、今もスナイパーがいる。私が小学生の頃からだから、もう四十年以上になるのか。その位置からでないと標的を狙えないのだという。許可を与えた父と母はもうこの世にはおらず、妻にはまだ話せていない。

 

【ほぼ百字小説】(467)
 商店街で、最近評判のロボットに話しかけられる。眼鏡の色を褒められる。いろんなことを尋ねてくるから答えるといろんな方向から褒められる。ねえ、ぼくのこと、どう思いますか。ロボットが言う。褒める言葉を探す。

 

【ほぼ百字小説】(771)
 異種格闘技なるものを見物に来たのだが、戦うのはコアラとカエル。異種というのはそういうことか。有袋類と両生類では異種にもほどがあるが、そこはルール次第だろう。問題はそのルールがさっぱり理解できないこと。

 

【ほぼ百字小説】(156)
 お前の小説にはチラシの裏がお似合いだよ。愛しき読者にそう評されて以来ずっと、その教えを守っている。もっとも、近頃のチラシは両面印刷が多いのだ。だからまず、いいチラシを探すところから。むろんそれも修行。

 

【ほぼ百字小説】(459)
 思い切って強力な呪文を買った。これで大抵のことは大丈夫。さっそく唱えようとしたがかなり難しい。まず滑舌の訓練。そう思ってやり始めて、もう四十年か。やれる気がしない。長生きの呪文を買うしかないのかなあ。

 

【ほぼ百字小説】(18)
 火星を目印にすれば複雑な路地を抜けて簡単に帰宅できると聞いてずっとそうしてきたのに、火星だとばかり思っていたあの赤い星が火星ではなかったことを知り、ここが私の家ではなかったこともわかって、今さら困る。

 

【ほぼ百字小説】(119)
 空が広いところを歩いていて、月が二つあることに気がついた。ではここは火星か、あるいはここを火星と思わせたがっている狐か狸の悪戯か。そんなことをぼんやり考えていると、いつのまにやら月は三つに増えている。

 

【ほぼ百字小説】(910)
 皆さん、この中に狸がいます。探偵が一同を集めて言う。またかよ。これでもう何度目だ。だいたい、なんで毎回、夜中に集めるんだよ。それでも文句を言いながら、皆集まるのだ。探偵の丸見えの尻尾は見てないふりで。

 

【ほぼ百字小説】(79)
 悪の組織に捕まって、カレンダーに改造される。月末になると、締め切りに追われた正義の味方が襲ってくる。月が変わるのはカレンダーのせいではないが、彼らには彼らの理屈があるようだ。正義も悪もよくわからない。

 

【ほぼ百字小説】(81)
 鬼ごっこのためにひたすら肉体を鍛える。もちろんただ鍛えるだけでは満足できず、徹底した肉体改造を行う。角が必要だ。植える。牙が必要だ。植える。皮膚の色は赤。変える。そこまでやる。彼こそ、鬼ごっこの鬼だ。

 

【ほぼ百字小説】(29)
 洗濯機が次々に空へ舞い上がる。脱水槽を回転させる力をすべて、飛行に向けたのだ。たっぷりと水を含んだまま地上に置き去りにされた洗濯物たちは、空を見上げて乾きの時を待つしかないが、そこへ雨季がやってくる。

 

【ほぼ百字小説】(95)
 爪切りで爪切りを切るコンテストが今年も開催される。爪切りを構えた参加者が互いの爪切りを切りあうのだ。爪切りで切られた爪切りが会場に散乱し、最後に残った勝者がつぶやく。また爪でないものを切ってしまった。

 

【ほぼ百字小説】(507)
 妻が二人に分裂した。片方と性行為をするともう片方が不倫だ不倫だと騒ぐ。では両方とすればいいのかといえば、不倫だ不倫だと両方が騒ぐ。困っていると自分が二人に分裂した。今後、人類はこうやって増えるらしい。

 

【ほぼ百字小説】(760)
 今度発見された恐竜、羽毛があったんだって。鳥やんっ。それに卵を温めて孵してたかも。鳥やんっ。さらに二本足で歩くだけじゃなくて翼があって飛んでたみたいなんだ。鳥やんっ。しかもこんなに小さい。小鳥やんっ。

 

【ほぼ百字小説】(105)
 なあああお、と猫。反対側からそれに答えるように、なあああお。さらに別のところから、なあああお。そしてまた、と犬の遠吠えのごとく延々続く。いったい何匹いるのだ、と最初は不安になったものだが、じつは一匹。

 

【ほぼ百字小説】(381)
 なあああお、と猫。それに答えるように、なあああお。さらに、なあああお。事情通によると、これはチューニングらしい。音程に厳しい猫が一匹いると、いつまでたっても曲までたどり着けない。鼠はいなくなるけどね。

 

【ほぼ百字小説】(319)
 台本を受け取りに稽古場へ行く。台本は置いてあるのだが、なぜか誰もいない。とりあえず読んでみる。(*1)台本を受け取りに稽古場へ行くシーンからだ。台本は置いてあるのだが、なぜか誰もいない。とりあえず読んでみる。(*2) (*1~*2の間をループ)

 

【ほぼ百字小説】(668)
 猫が亀を枕に昼寝をする。猫はひんやり心地よく眠れ、同時に亀は猫から適度な熱を得る。さらにそれを見た人もまた心の平安を得る。適切な熱の交換が行われることにより皆が利益を得る。三方熱量得というやつである。

 

【ほぼ百字小説】(962)
 暗闇と暗闇とは暗闇で繋がっていて、だからどの暗闇からでも前に行ったのと同じ暗闇へ行くことができるのだが、同じ暗闇とは言っても日々色々な変化があって、前と同じ暗闇でもないのだな、と暗闇の中で感じている。

 

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