北野勇作の甲羅

北野勇作の近況、イベント、その他です。

電子書籍のこと

『SFが読みたい』の「2018年の私」のコーナーに、こんなことを書きました。

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 昨年、電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」から、『水から水まで』という電子書籍オリジナルの掌編集を出版して、その反応から、ここ数年の電子書籍をめぐる状況の変化と大きな可能性を感じました。今年はこのレーベルからオリジナルの短編や長編を出していく予定。紙の出版社にはできないことをする小さな場所を少しずつ作っていきたいと思っています。川原で拾ってきた石を売る屋台みたいな感じですね。

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まあ今考えていることは、だいたいこの通りです。

「惑星と口笛ブックス」は、http://dog-and-me.d.dooo.jp/wakusei_kuchibue/wakusei_kuchibue.html 西崎憲氏が立ち上げた、インディーズの電子出版レーベルです。

 『水から水まで』は、このレーベルのシングルカットという企画で、オリジナルの短編(400字詰め原稿用紙換算50枚程度)をコーヒー一杯分の値段(280円)で販売する、というものです。

 短編を単体で発表してそのまま販売できるというのは、じつは小説においてこれまでにはなかった形です。これまでは雑誌に載せるか、一冊分にして短編集にするしかなかったのです。そして、短編集というのはあまり売れないということもあって、紙の本では極めて出しにくい。企画が通らないのです。私程度の売れ行きでは、最近ではもうほとんど無理です。まして掌編などは発表する場所がありません。

 短編(掌編集でも可)の書下ろし、という願ってもない企画でしたから、旅ネタの掌編をまとめて短編一本分にして出しました。そして上に書いた通り、そこそこ売れました。といっても、まあ紙とか比べものになりません。数百、それも五百には届いてない。その程度。

 でも、電子書籍ってこれまではそれどころじゃなかったんですよ。数冊とか普通で、売れても数十冊だったのです。それがここ一年二年くらいで急に売れるようになってきました。もちろん数はまだまだ少ないですが、それでも急速に増えつつあります。

 電子書籍を普通に紙の本のように読む、という人たちがやっと出てきたわけです。それはすごく実感します。

 そして、こういう形で、というか、自分のやりたい形で作品を発表できるようになったというのは、書き手にとっては、それはもう革命的なことなのです。短編でも掌編でもいいし、これまでなら絶対に出版社の会議を通らなかったようなものが出せる。いや、私くらいの売れ行きだと、そもそも単行本を出すというハードルがすごく高くなってしまってます。昔は出せていた、あるいはたまたま出せた本。私の場合は、考えるとそんな本ばっかりで、そして今もお蔵入りのままで出せる当てのない原稿がいくつもあって、それらを出版する可能性はますます小さくなっていました。それで当たり前で、これまではそれでも仕方がなかったわけです。売れない作家だから。

 ところがここにきて、売りたいものを自分で勝手に売ることができる(私の場合、そのレーベルに委託するという形で、ですが)状況が電子書籍のおかげで訪れたわけです。

 ようするに、紙で出せないものでも電子なら出せる、というそれだけのことですが、今まで発表するあてもないまま書いてきたものを出すことができる、というのはとてつもない変化です。紙の単行本では出しにくかった、という理由であまり評価されなかった短編や掌編を、出したい枚数で勝手に出せる。もちろん、まだそれほど売れませんけどね。それでも自分が売りたいものを自分で並べて売ることができる。

 まだあまり目立たないけど、読者にとってもそれは大きな変化になるだろうと思います。もしかしたら小説の読まれ方が電子書籍というものによって大きく変わるかもしれない、とまで思ってます。

 というわけで、私は今、蔵の中を掃除して撃てる弾を作ったり、川原を歩いて売れそうな石を拾ってきたりしています。だいぶ集まりました。撃ったり売ったりするのが楽しみです。

 あ、それから、『水から水まで』みたいなタイプの小説(どういうタイプの小説かは、読んでみてください)は、これまで雑誌にいくつか書きましたが、ほとんど反響みたいなものはありませんでした。ところが、今回の『水から水まで』は、ツイッターを通していろんな感想を読むことができました。これもすごく大きな変化です。紙の雑誌に短編を書いて、こんなことは今までになかった。それもまたとても嬉しいことです。

 今のところは書評や評論や紹介は電子書籍に対してはほとんどないし、文学賞の対象にもなりません。それにもちろん売れる数もまだまだ少ない。でも、書き手としてはこれほどおもしろい場所はないのではないかと思います。いや、まだ場所になってないのですね。

 場所を作るところからです。そこで何かやってる、という小さな場所。まあぼちぼちですが、それをやっていこうと思ってます。

 電子書籍を読むのに専用の機器は必要ありません。スマホでもタブレットでも、普通に読めます。いつでもどこでも取り出せます。紙の本のようにどこに行ったかわからなくなることはないし、出先でも旅先でも読みたいときに読めます。何度も読んでもらえる小説は幸せです。

 まだ読んだことがない方は、だまされたと思って『水から水まで』をお試しください。だまされても280円ですからね。

 

 以上、宣伝でした。